競馬で勝った際の快感と喜びは 人間の記憶に鮮明に残ります

競馬をやめて1年が経つ今では、すべての事に解放された気分になっています。

競馬により仕事を失なった要因は、大きく二つに分類されます。

このような人は自分が借金をしている感覚が無いために、気が付いたら利息の支払いすら滞ってしまうような金額まで借金が膨れ上がってしまうことがあります。 金融機関は信用情報機関を通じて債務者の返済状況などを共有していますので、このような段階になると別の金融機関から借金をすることはできません。 したがって、借金の返済や競馬に費やす資金を得るために、親や知人などに無心をするようになります。

多くの人の場合、借金の整理に直面することは一生のうちに多くても片手で数えられる程度だと思われます。 ましてや、裁判所が関与する整理などは1回か2回程度でしょう。 言い換えると、競馬などで借金を作ってしまう人は借金の整理に対する知識や経験など、ほとんど持ち合わせていないのです。

競馬歴8年という年収700万円の20代男性(金融・保険系)が今まで費やした金額は、トータルで700万円近く。自身の年収に匹敵する大金だ。ある時には「ボーナスを1日で使い切ってしまったこともある」という。

しかしある時友達と遊びに行き「あれ?お前?競馬しないの?」と聞かれたとき、「辞めたよ」といった瞬間、今までの冷ややかな視線は無く。「辞めるの続ける努力すれよ!」と声をかけてくれました。

このように、競馬が原因による借金は社会的信用を失うことにつながります。

競馬にのめり込むことによって失う可能性があるものは、お金だけではありません。 仕事、家族、社会的信用など…ひいては人生そのものを失うといっても過言ではないでしょう。

競馬で勝った際の快感と喜びは、人間の記憶に鮮明に残ります。 そしてその快感と満足感を再度味わいたいために、何度も馬券を買うことになります。 たとえ負けたとしても、勝ったときの快感と喜びをもう一度味わいたいという強い気持ちの前には、そのときの負けなどブレーキにはなりません。 また、過去の勝ち額を超える大勝ちを経験した場合は、快感や喜びを感じる基準がそれに置き換えられてしまいます。 したがって、それ以上の勝ちを得ないと快感や喜びが得られなくなってしまうことから、負けが立て続いたとしても延々と競馬を続けるのです。

親類、特に肉親に借金した場合、その後の事態は悪い方向に向かうか・良い方向に向かうかが大きく分かれます。 たとえ競馬やそれが原因の借金を返済するためであろうと、親類は借金を申し込まれた場合は断りにくいものです。親や兄弟など肉親であれば、なおさらでしょう。 お願いされるまま無制限にお金を貸し続けた結果、取り返しがつかないくらいに当人の競馬中毒が助長されてしまった上、貸した側の生活までもが破綻してしまったケースは良く聞きます。

競馬ではなく競輪によるものですが、これに起因した借金の返済に窮したために某消費者金融で強盗殺人・放火を犯し、死刑に処された犯罪者もいるのです。

無税にすることで、競馬人気はさらに高まると前を向くじゃい。今後はどうするのか。

一方で、借金の申し込みや肩代わりの依頼に応じないばかりか、当人の競馬中毒を見抜き、肉親の立場から当人を精神科やギャンブル中毒更正施設などで立ち直らせ、さらには当人に代わり弁護士などの専門家に依頼することで借金を整理したという事例があります。

競馬をやっていた頃は、どこへ遊びに行くときでもスキを見ては馬券を買っていました。そんな友達も、「あいつの趣味だから…」と割と冷ややかな目で見られてました。

「コロナでも競馬が中止にならなかったのは、競馬の税金収入が大きいからでしょう。だったら、もっと競馬を盛り上げれば税収も増えると思う。今回の件で、競馬に夢を託している人たちが幻滅したような気がするんです」

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